2011年 初遠征
1泊2日で 1駅塗りつぶし
年末年始、連休としては毎年8連休となりますが、『年越しは自宅で』が恒例となっていて、GWや夏休みのような長期の遠征はできません。
2010年〜2011年もご多分にもれす、1泊2日の遠征が精一杯でした。
「2010 目指せ600駅プロジェクト」が夏の遠征で600駅を達成、その後「目指せ全駅制覇」とばかりに行きにくい駅や一度制覇した地域に新たにできた駅などを
精力的に訪問しています。
今回の遠征も、一度は全駅制覇した静岡県に新たにできた道の駅「下賀茂温泉湯の花」がターゲットです。伊豆半島の先端近くにあり、日帰りでは
無理です。佐渡島の道の駅(こちらを参照)に続いて、1泊2日で1駅に行くプランです。
お正月、そして1泊なので宿選びの失敗は旅そのものを台無しにしてしまいます。幸い伊豆は観光地です、お金さえ惜しまなければ高級旅館はいくらでもあります。
ただ、遠征費が無尽蔵にあるわけではなく、安くてもリッチな気分に、そんな宿選びから計画が始まりました。
「年末寒波」天気予報で大雪の予報が流れ、ニュースでは雪のために車が立ち往生している様子が報道されています。
また、1000円高速がお正月3ヶ日だけで、帰省もUターンもこの3日間に集中するという渋滞予想も出されました。
元旦はサッカー天皇杯決勝、2日も朝から箱根駅伝とスポーツに見入ってしまい、初詣が1月2日となってしまいました。
そんなわけで遠征出発は1月3日早朝、箱根や小田原付近で駅伝ランナーと遭遇しないようなタイミングを見計らってのスタートとなりました。
東北道を南下、渋滞予想どおり交通量が多く、PAやSAも混雑しています。例年なら上りが渋滞の日は下りはガラガラ、またはその逆という状況となりますが、
この日は下り線もそれなりの交通量で、改めて1000円高速の威力を痛感しました。
苦手の首都高は避けて、外環から環8へ抜け東名へ。
前回の伊豆半島遠征は小田原、熱海、伊東と海沿いを行ったので今回は箱根ターンパイク、伊豆スカイラインで真ん中から攻めてみました。
前夜、降雪があったようで一部路面に雪がありましたが、東北の地で鍛えた運転に問題なし、逆に雪景色を楽しむ余裕がありました。
上の段の写真は「天閣台」からの芦ノ湖。肉眼ではうっすらと富士山も見えていたんですが、写真には写りませんでした。
下の段の写真は「伊豆スカイライン 滝知山」からの駿河湾&相模湾。小さく初島が見えています。
昼食はせっかく伊豆に来たのだから「キンメダイ」を食べてみようということになりちょっと高そうなお店に。普段はコンビニかファミレスなんですけどね。
予想通り、大ぶりのキンメダイの煮付けを食べることができました。写真中央は、TVで放送されたとかいう「びっくり天丼」です。
2011年はちょっと大人になって、コンビニ、ファミレスから卒業できるかも。
道の駅「下賀茂温泉 湯の花」着は13:32、596.9kmでした。
手前が展示施設、中央が情報館(観光案内所)、奥が物産館(農産物直売所)
お正月ということで、予想通り展示施設、物産館はお休みでした。
情報館でスタンプ、パンフをゲット。その他観光情報も親切に教えていただきました。
看板を頼りに「ここだ!」と思ったところは休憩所、足湯はさらに奥でした。
手湯です。ちょっと手を入れてみましたが、全身が温まる感じです。
そして、足湯です。情報館(観光案内所)がメイン施設で一番いい場所にあり、看板を頼りに手湯、足湯を探しましたが、ちょっとわかりにくいし、
温泉の冠をつけたネーミングなんだから、こっちをド〜ンとセンターに持ってきた方がいいんじゃないかな、そんな感想です。
足湯に隣接する温室の中ではマーガレットが咲いていました。
24時間トイレはちょっと離れた場所にありました。トイレの前にも大きな駐車スペースがあります。
デフォルト看板、案内板、登録証の撮影、スタンプ押印、手湯、足湯、温室などを探訪して1時間余りの滞在となりました。
まだまだ時間がありますから、ここからさらに南下して「さきっぽ(石廊崎)」に向かいます。前にも書きましたが「端っこ好き」としては絶対行きたいところ。
駐車場から「さきっぽ」までは歩いて20分ほど、写真のような陸と海が複雑に入り混じった景色を見ながら、急勾配の坂道を登っていきます。
道の駅で聞いた時は「今行っても寒々としているだけで・・」みたいな話でしたが、結構たくさんの観光客が来ていました。
かつて「熱帯の楽園」というキャッチフレーズで熱帯植物を観賞する植物園、石廊崎ジャングルパークがありましたが2003年(平成15年)に閉鎖され、
現在も無人の温室やお土産屋さんが荒れた姿で残されたままなのが痛々しく見えます。
1871年(明治4年)に日本の灯台の父と呼ばれた英国人ブラントンにより建設され、1933年(昭和8年)に改築された石廊崎灯台が見えてくると
「さきっぽ」まであと少し。
灯台から先は神社の参道になるようです。「さきっぽ」の様子も見えてきます。
海面から30m以上の断崖絶壁の上に千石船の帆柱を枕に建てられている石室神社は、海上安全や学業成就・商売繁盛・交通安全・厄除けの神様が祀られています。
その起源はあきらかではないようですが、5世紀ごろ石室山金剛院として建立されたのが最初だといわれています。
日本に帰化した秦の始皇帝5世の孫、弓月君(ゆつきのきみ)の日本での功績から物忌奈之命(ものいみなのみこと)と命名され、
物忌奈之命を祀る神社として子孫の秦氏によって建立されたと伝えられています。
この岩室神社には『石廊崎権現の帆柱(いろうざきごんげんのほばしら)』と言う、伊豆七不思議のひとつで数えられる伝説が残されています。
昔、播州濱田港から塩を運んでいた千石船が石廊崎の沖で嵐に遭い、その帆柱を石廊権現に奉納すると誓って祈ったところ、無事に江戸に到着することができました。
その帰途、帆柱奉納のことをすっかり忘れていると、何故か石廊崎の沖で船が進まなくなり、天候が急変して暴風雨となってしまいました。
往路に誓いを立てたことを思い出した船主が千石船の帆柱を斧で切り倒すと、帆柱はひとりでに波に乗り、断崖絶壁(およそ30メートル)を石廊権現の社殿あたりまで、
まるで供えたかのように打ち上げられました。同時に暴風雨も鎮まり、船は無事に播州へ戻ることができたということです。
帆柱は社殿の基礎として今も残っているようです。材質は檜で長さは約12m、現在では社殿の床の一部がガラス張りにされ、直接覗くことができようになっています。
石室神社から50mほど岬の先端にある熊野神社は、縁結びの神が祀られています。その言い伝えによれば、
その昔、長津呂(石廊崎)に住むお静という名主の娘が、漁師の幸吉と恋に落ちました。身分の違いからその恋は許されるはずもなく、幸吉は神子元島に流されてしまいました。
幸吉を忘れられないお静は、毎晩、石廊崎の先端で火を焚き、神子元島の幸吉と愛を確かめあっていました。ある晩神子元島の火が見えないので心配したお静は、
小船を出して神子元島に向かいましたが、折りからの季節風で波は高く船は思うままに進みません。お静は一心不乱に神に祈りました。
その甲斐あって無事 神子元島に漂着し、無事二人はめぐりあい結ばれました。やがて、親も許すこととなり、末長く幸せに暮らしたということです。
お静が毎夜、火を焚いたところに熊野権現の祠が祀られたことから縁結びの神となったようです。
で、ここが「さきっぽ」、伊豆半島の先端です。
写真ではあまり感じませんが、海を見ていると吸い込まれそうでした。水の色もきれいで、岩にあたって砕ける音も聞こえてきました。
初日の予定はこれで終了、早めのチェックインでホテルでくつろぐ予定でしたが、「爪木崎」の水仙が咲いているという情報を、これも道の駅でゲットしていましたので、
行ってみました。
水仙の自生地(野水仙と言うようです)で、パンフレットには「300万本の水仙、海の花園」と謳われています。
以前 越前海岸の水仙公園を散策したことがあり(こちらを参照)その時は、
水仙の花の香りは印象にありませんでしたが、ここでは花畑を普通に歩いているだけでもいい香りがしてきます。水仙っていい香りがする花だったんだ。
この時期の旅行なので花はないだろうなと諦めていただけに、八部咲き程度でしたが、水仙の花畑に加えて菜の花やアロエの花が見られ感激でした。
爪木崎灯台のところまで、ぐるっと一回り。
爪木崎灯台の脇には海を挟んで向こう側に見える、神子元島灯台の案内板があります。神子元島灯台は、幕末に列強との間で結ばれた改税約書に基づき建設された条約灯台8基
(観音埼、野島埼、樫野埼、神子元島、劔埼、伊王島、佐多岬、潮岬)のうちのひとつで、1871年(明治8年)竣工の歴史あるもので、
初点灯には三条実美、大久保利通、大隈重信ら明治の元勲と英国公使ハリー・パークスが来島し立ち会ったという由緒ある灯台です。
灯台建設の監督はスコットランド人のリチャード・ヘンリー・ブラントン、下田から切りだされた伊豆石を精緻に積み重ね、目地には日本初の速成セメントが使われています。
石造灯台では日本最古の現役の灯台であり、国際航路標識協会(IALA)が選定した「世界歴史的灯台百選」のひとつにもなっています。
また国から史跡に指定されているようです。
水仙の自生地を中心に付近は公園として整備されているようで、花壇や温室などもありました。
初日は、これで終了。
おまけの話として、ホテルは素泊まりで予約していますから夕飯をレストランでと思って行ってみると、コース料理しかなく、仕方なしに外に食べに出ました。行先はそうなんですよ
ファミレスでした。で、ついでに明日の朝御飯もとコンビニで買い物、結局2011年もファミレス、コンビニとの縁は続きそうです。